大判例

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名古屋高等裁判所 昭和46年(う)351号 判決

本籍

名古屋市千種区大久手町一丁目五四番地

住居

同市同区東明町一丁目二八番地

衛生検査技師

岩田実

大正一〇年一二月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四六年六月二一日名古屋地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、原審検察官、被告人及び弁護人からそれぞれ適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月及び罰金二〇〇万円に処する。

但し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、名古屋地方検察庁検察官検事渡辺次郎及び弁護人渡辺明治各名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用するが、その要旨は、検察官において、原判決の量刑は、罰金刑を併科しなかつた点で、著しく軽きに失し不当であるというのであり、弁護人において、右量刑は、著しく重きに失し不当であるというのである。

各所論にかんがみ、本件記録を仔細に調査し、当審における事実調べの結果をも参酌のうえ、検討するに、本件は、被告人が原判示のごとき極端な過小申告により、昭和四二、四三の両年度にわたり、合計金一四、五八六、七〇〇円に上る多額の所得税をほ脱したものであつて、犯情は必ずしも軽微とはいえないが、被告人は、これまでに前科がなく、本件につき反省、悔悟しており、ほ脱税額もすでに完納しているなど、被告人の利益に斟酌し得べき情状もまた、少なからず存在することが認められる。そして、証拠に現われた、これら被告人に利益、不利益な一切の情状を彼此勘案し、所得税法違反という本件犯罪の性質を考慮に容れ、なお、同種事犯との科刑の権衡の点にも思いを致すと、本件は、一面において、被告人に対し、懲役刑のほか、罰金刑をも併科するのを相当とする事案であると認められるとともに、他面において、右懲役刑については、その刑期及び執行猶予の期間が不当に長期にわたらぬよう、配慮すべき条件であるように思料される。

ところで、以上の観点に立つて、原判決の量刑の当否につき考察してみると、原判決は、被告人を懲役七月に処するとともに、四年間右刑の執行を猶予する旨を言い渡しているのであるから、先ず、罰金刑を併科しなかつた点において、検察官所論のとおり、その量刑が著しく軽きに失し不当であるというべきであり、次に、前示した本件事案の諸般の情状に照らすと、原判決の量刑は、その刑期及び刑執行猶予の期間の点においては、弁護人所論のごとく、やや重きに過ぎ不当であるといわなければならない。したがつて、原判決の量刑不当を主張する検察官及び弁護人の各論旨は、いずれも理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条にのつとり、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、さらに判決する。

原判決の認定した事実に対する法令の適用を示すと、被告人の判示所為は、各所得税法二三八条一項に該当するので、前説示の情状により、それぞれ所定の懲役刑及び罰金刑を併科することとし、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき同法四七条、一〇条により、犯情の重いと認める判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、罰金刑につき同法四八条二項により、各罰金を合算した金額範囲内で、被告人を懲役三月及び罰金二〇〇万円に処し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条に従い、金一万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文にのつとり、被告人にこれを負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野村忠治 裁判官 村上悦雄 裁判官 小沢博)

控訴趣意書

所得税法違反 岩田

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四六年六月二一日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和四十六年九月二十一日

名古屋地方検察庁

検察官 検事 渡辺次郎

名古屋高等裁判所 殿

原判決は、公訴事実どおりの事実を認定したうえ、検察官の懲役四月及び罰金四〇〇万円の求刑に対し、被告人を懲役七月に処し、四年間右刑の執行を猶予する旨の判決を言い渡したが、右判決は、罰金刑を併科しなかつた点において、量刑著しく軽きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

その理由は次のとおりである。

第一 本件は、被告人が極端な過少申告により、昭和四二年度と昭和四三年度の二年度にわたり、合計一四、五八六、七〇〇円もの多額の所得税をほ脱した事案であつて、本件の動機、態様、所得税法違反という犯罪の特性等を考慮すれば、罰金刑を併科しなかつた原判決は極めて不当である。

そもそも、本件の動機は、被告人は血清検査所を経営するものであるところ、細菌検査などにより視力が減退し、それに伴い将来自己の収入が、減少することを考慮し、その補てんと、同業者が漸次増加するため競争相手より有利な立場に立つための設備の近代化又は自宅を鉄筋化するためなどの各資金の蓄積を痛感し、本件脱税を決意するに至つたものである(記録三五九丁ないし三六三丁被告人の検調)。しかも、課税される総所得金額は、昭和四二年度分が少なくとも一六、一七七、三六六円、昭和四三年度分が少なくとも一六、三三五、六八六円であるにもかかわらず、昭和四二年度分の総所得金額が五九八、三八六円、これに対する所得税額が二七、三〇〇円、昭和四三年度分の総所得金額が七六〇、九三五円、これに対する所得税額が四七、〇〇〇円である旨の過少申告をして、昭和四二年度分の所得税七、二六七、二〇〇円、昭和四三年度分の所得税七、三一九、五〇〇円をほ脱したものである(記録四〇〇丁ないし四〇一丁原判決)。一般に過少申告が行なわれるのは、正当な課税を免れ公表資産のほか裏資産の増殖をはかることにあるのはいうまでもないが、右事実からも明らかなように、被告人の過少申告額は余りにも極端で、いかに被告人が裏資産の増殖を図るため汲々としていたかを物語つているのである。

一般にこの種の犯罪に対し刑罰を科するにあたつては、自由刑のほかに罰金刑を併科し、犯行によつて蓄積された資産をはく奪して、その資産全体に対し打撃を加えることによつてこそ、はじめて刑の特別予防、一般予防の効果をあげることができるものというべきであり、ことに、本件のように、被告人が極端な過少申告に及んでいるような事案に対して、懲役刑のみを科し、しかもその刑の執行を猶予するという原判決の量刑は、いかに求刑に比し懲役刑の刑期を引き上げたとしても、被告人に対し何等の財産的痛痒を感じさせることはできず、特別予防的な効果を期待できないばかりか、一般予防的見地からみても、極めて不当というべきである。

なるほど、本件の場合、被告人は、昭和四二年度分及び昭和四三年度分のほ脱税額を完納しているが(記録八一丁、調査報告書)、これは、被告人が本来納付すべきものを納付したというにとどまるのである。また、被告人が納付したものの内には、重加算税四、五〇三、九〇〇円が含まれており、重加算税は、その制裁的意義を否定できないが、脱税者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科する刑事罰とは異なり、課税要件事実を隠ぺい又は仮装して申告(納付)義務を正しく履行しなかつたという事実があれば、正当な理由がない限り課せられるもので、それによつて過少申告による納税義務違反の発生を防止し、もつて租税収入の確保を図らうとする行政上の措置に過ぎず、従つて、重加算税を課することは、納税義務者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として科する趣旨ではないから、重加算税と祖税刑罰を併科してももちろん憲法三九条に違反するものではないし(最高判昭和三三年四月三〇日大法廷、民集一二巻六号九三八項参照)、被告人が重加算税を納付したからといつて、直ちに罰金刑を科することが不相当とされるべきではなく、両者はその性質を異にするものであることは、いうまでもない。したがつて、租税刑事罰を科するにあたつては、被告人が租税行政罰である重加算税を納付したという事実をはなれて、独自の立場から、租税刑事罰として罰金刑を併科するのが相当であるか否かを検討すべきであつて、前記のような、本件犯行の動機、態様、所得税法違反という犯罪の特性に照らし、罰金刑を併科することが、刑の特別予防、一般予防の見地から極めて必要であるというべきである。

第二 他の同種事案に対する量刑と比較しても、本件量刑は権衡を失し極めて不当である。

最近における名古屋高裁管内の本件と同量の所得税法違反被告事件の量刑は、別表のとおりであるが、例外なく、懲役刑のほか罰金刑が併科せられているのであつて(控訴審において立証)、被告人のみが、特段の事情がないのにかかわらず、罰金刑を併科されないならば、刑の権衡を失し、この点からも原判決の量刑は極めて不当であることは明らかである。

以上詳述したとおり、原判決が、原判決が、何ら首肯するに足る理由がないのにかかわらず、被告人に対し罰金刑を併科しない寛刑を言い渡したことは、その量刑著しく不当であるから、これを破棄のうえ、更に適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

別表

〈省略〉

昭和四六年(う)第三五一号

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 岩田実

右の者に対する頭書被告事件につき、昭和四六年六月二一日名古屋地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人および弁護人が控訴の申立をした理由は左記のとおりです。

昭和四六年九月二一日

右弁護人 渡辺明治

名古屋高等裁判所刑事第二部 御中

原判決は、公訴事実どおりの事実を認定し検察官の懲役四月および罰金四百万円の求刑に対し、被告人を懲役七月・四年間刑の執行猶予の言渡しをしたのであるが、その量刑は著しく重きに失し不当であるから到底破棄を免がれないものと思料する

以下その理由を説明します。

第一、被告人の脱税行為に対し刑事処罰をしなければならないだろうか。

国民が税負担をすることは当然の義務とされていますが、その納税を免がれるため所得を過少に申告したからと言つてその行為に対し国家が刑罰権を発動して国民を処罰しなければならないだろうか。国民の殆んど全ての人は税負担を免がれたいと思うのが偽わらざる本心であり税務署職員も裁判官・検察官も同様であると思われるのであつて、被告人自身も過少申告の動機は税金は安いことにこしたことはないというのが真実であります(記録三四三丁)。この何人もが偽わらざる気持になり税を免がれたいと願うことは刑罰に値する程の悪性があり、追加徴税したうえに更に刑を科さなければ許されない行為とは到底考えられないのであります。

したがつて、被告人は総額金三二、八八八、四八〇円を納税した後において刑罰を受けなければならないとは到底考えられないのであります(記録八〇乃至一〇七丁)。

第二、被告人の営業の特質

被告人は、岩田血清検査所という名称で血液・し尿・細菌等の各種臨床検査を営むものですが、衛生検査技師の資格を有し病院・医院・診療所が委託する各種検査をするという極めて重要な仕事に従事し医療の分野で重要な役割を果しているものであり、また、医師が薬価基準の引き下げによる減少した収入を臨床検査による保険点数でカバーしようとする傾向で検査業務が激増したという背景があつて被告人はその重責と仕事量の増大を重労働によつて果してきたのであります。したがつて、被告人の昭和四二年・同四三年の収入の増加は単なる苦労なく収益が拡大したというものではなく、医療界の背景と被告人の努力と重労働により支えられてきているものであり、また、検査事務の複雑多量化、医薬学の進歩は必然的に検査設備の近代化を要求されるのでその使命を十分果すためには多額の設備投資を必要とするので相当の収益があつて当然であり事業を維持し設備の近代化をするには資金の蓄積を必要としたという事情を十分考慮されなければならないと思います。加えて、名古屋医師協同組合の経営する「名古屋臨床検査センター」は極めて有力な競争業者であり大規模な建物に近代的設備を有して被告人の営業を侵略せんとする状況下においては被告人の心情としてはこれに対抗していくため建物・設備の改善資金を蓄積することが至上命令と思われるほどであり、そのためには税を免がれたいと考えるのは当然であつたとも言えるのであり、また、被告人は長年の検査業務で視力に衰えを感じ営業収入の将来に不安をいだいていたことも否定できないのが実情であります(記録三四一・三四二丁)。

第三、本件犯行の主体及び脱税の方法

一、本件脱税の主体は被告人とされていますが、経理の実質的実権を握り収入除外をしていたのは被告人の妻岩田イツ枝であり、また、被告人の所得の申告には専門的知識を有する山口税理士が関与していたのであつて、被告人は個々の具体的行為には関与せず確定申告書に署名押印したに過ぎないというのが実情であります。

岩田血清検査所の経理に関する実体は、検査手数料が主たる収入源であり、その集金は外交員が領収書の写から入金表を作成して経理担当事務員笠原繁子に渡され、同女が日計表を作成して毎日現金と日計表を岩田イツ枝に手渡しているのであつて岩田イツ枝においてその入金分から一部収入の除外を行い現金出納帳に記入していたのであります(記録三四〇・二五三丁)。

右収入除外の方法や除外する対象に関し被告人が個々具体的に指示した事実はなく、岩田イツ枝において毎日の収入を見て除外する金額や除外する対象を決定して行つているのであり、被告人が犯行に関与した度合は極めて 薄であり所得申告の責任者という立場から適正納税しなかつた責任を免がれ得ないとしても犯罪に対する悪性及び批難可能性は極めて軽いというべきであります。

また、岩田イツ枝の作成した帳簿類に基ずき山口税理士が所得の確定申告書を作成しているのであるが、専門的知識と職業的責任のある税理士が関与しながら本件犯行の如き少し注意すれば過少申告の事実を発見できるのにそれをせず被告人をして所得税法違反の罪を犯させたことは山口税理士の職務上の責任を問題としなければならないし、被告人としても税理士が関与し申告書を作成しているのであるから処罰されるほど許されな不正であれば税理士が素直に注意進言してくれるものとの安心があつたことは否定できません。

二、本件犯行の態様は、原審において検察官が巧妙ないんぺい工作をしたと論告した(記録三八四丁)とは反対に弁護人は極めて単純で幼稚な方法であると思料するし、被告人は不正が発覚することは覚悟していた程であるから巧妙な手段でいんぺい工作をしたとは言えないのです(記録二八五・三五二丁)。

本件不正申告の方法は、検査収入の一部を除外し、その除外した金銭をいわゆる銀行へ仮空名義等で裏金にしていたという単純なものであり(記録二四九・二五三乃至二五五・三四六)、架空経費、架空仕入の方法は全くなく(記録三四八丁)、裏金で給料の支払やリベートの交付、得意先との交際費の支出は全くないので(記録三四二丁)所得額を過少に装う工作は全く幼稚なものであり、一方検査料の収入を計算する方法としてはカルテ(検査表)に基ずき検査料を調査し相手方の裏付を得れば明確になるので本当に所得をいんぺいしようとするにはあまりにも単純すぎると言えるのです。

また、被告人は、右裏金を作りその金で遊興するとか浪費したり、家計費が莫大であるという事実はなく、被告人および妻イツ枝は裏金を殆んど銀行預金として保管していたので税務署の調査を受ければ直ちに解明され裏付を取られてしまう状態になつていたのであります。

被告人が右の如く単純な方法で所得を過少申告し裏金を銀行預金にしていた事実は、脱税の動機が営業の維持、近代的設置の充実のための資金蓄積という真面目なものであつたことを裏付けるものであり、もし、被告人が悪質な考えの下に脱税を意図したとするならば、収入を計算できないような方法を考えたり裏金を特定の銀行に預金するなどの単純な手段はとらなかつたと思われるから、犯行の態様は悪質という程のものではないのであります。

第四、証拠上の問題点

本件起訴にかゝる昭和四二年度の総所得額は少なくとも金一六、一七七、三六六円、昭和四三年の総所得額は少なくとも金一六、三三五、六八八円とされる金額については、本件全証拠を検討するも確定的な裏付証拠はなくその推計々算の根拠は被告人の自白が基本になつているので、結局、被告人の自白が有罪の基礎とされていると言つても過言ではありません。

本件脱税事件の調査をした大蔵事務官石川新三郎において「検査料収入の総額を計算する方法」について被告人に尋ねている状況を一読しても明らかな如く(記録三五四丁)、全く正確な計算方法やその証拠はなく、被告人自身も計算には多大な時間を要しその資料もないので正確な計算は不可能であるとし、所得いんぺい方法は前記のとおり収入除外のみの単純な方法であるので裏金の預金額と家計費の支出の合計を所得過少申告額であることを認めるというものであり(記録三五五・三九二・三九三・二七〇丁)、被告人が右方法によることを自認しなかつたり、自から進んでいんぺい方法を自供しない場合においては証拠法上被告人の自白なくして有罪となし得るかは大いに疑問の存するところであります。

たとえば、被告人名義または架空名義の銀行預金があり(記録二四九・三一二丁)、妻イツ枝が検査収入により受取つた小切手で買物をした事実が判明しても(記録二七五乃至二八〇丁)、未収金の計算(記録三三八乃至三二四丁)は記載自体から正確な計算ができないと明記され、従業員の集金の使込みや、経営不振のため昭和四四年一二月三一日限ぎり閉鎖した四日市臨床検査センターの営業上の損失についても明らかでないので到底正確な計算をなし得ないことは明白であります。

第五、被告人の反省と改善策

一、被告人は今回の事件で名古屋国税局係官の調査に対し素直に不正の事実を認め可能な限り真実を説明して調査に協力している事実は全証拠上明白であり、検察官の取調べに対してもまた、第一審の公判においても終始争うことなく素直に事実を認めていることは被告人が真実反省している何よりの証拠であります。

この種税法違反事件は、証拠上その数値を確定することが困難であるのと税務当局側の推計々算による認定額による課税に対し被告人が不満を示し公判で否認し裁判が長期化する傾向のあることは否定できないのが現実でありますが、被告人は自からの行為が特に悪質な動機や方法にもとずかないにしても所得税法違反に問われたことを深く反省し、この上裁判所検察官にお手数を煩わしては申し訳けないと思つている次第です。

検察官の取調べを受け、被告人は所得税法違反の罪に問われ裁判を受ける時点ではすでに昭和四五年三月一七日次のとおり全額納付しているのです(記録七一乃至八〇丁)。

昭和四一年度分 金七、〇四六、八〇〇円

昭和四二年度分 金七、四六六、八〇〇円

昭和四三年度分 金七、七〇一、八〇〇円

合計金二二、二一五、四〇〇円

被告人は、今回の事件で過少申告した本税の税額の外、過少申告加算税・延滞税・重加算税を徴収され本件犯行による利得は殆んど皆無の状態になつてしまいました。すなわち、公訴事実記載の脱税額合計金一四、五八六、七〇〇円に対し右記載の合計金二二、二一五、四〇〇円を改めて納付しているのでありますから、被告人に対しもはやこれ以上罰金を科する理由は全くないのであります。

二、被告人はこの機会に充分反省し経理の正しい処理に関する知識を体得し、財産整理をしたので今後は妻イツ枝と共に過去の不正を清算して正しい経理と正確な申告を誓い再出発する決意であります(記録三五八・三五九丁)。右決意は原審法廷においても明言しており(記録三九五丁)、被告人の真実な態度は何人も認めざるを得ないと確信しております。

第六、結論

右に詳述した如く、被告人は自からの非を素直に認めて反省し、追加納税も完了しているので検察官が敢えて被告人を処罰しなければならないとする合理的根拠がないばかりか、脱税額の金額や科刑の一般的基準にとらわれ強いて控訴したとするならば全く不当な控訴と言わなければならず、検察官の控訴は許されないものと信じて疑いません。

検察官の原審における求刑は、懲役四月および罰金四百万円であるが、被告人に対し懲役四月に処するだけの理由はないし短期自由刑の得失を考慮すれば懲役刑に処するのは最初から主目的でないと考えられるし、罰金刑については前述のとおりその必要性は全くないので、税法違反事件については悪質事案に限ぎり刑罰権を発動すべきものであるのに本件は検察官の公訴権発動を誤つたものと思う次第です。

右の次第で被告人の利益のために原判決を破棄し更に相当の判決を求めるため本件控訴に及んだ次第でありますが、仮りに一歩譲つても検察官の控訴に対し本件事案の特質を十分検討され控訴棄却の判決を希望するものであります。

以上。

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